Brand Story

オーツミルク全盛の時代に、なぜソイミルクなのか。Peaceの発起⼈、⽯橋が綴ったブランド⽴ち上げの思い。

失われていく技術を、今の、未来の形へ

今、街のお⾖腐屋さんは年々減っています。今回の⾖乳は⼼が落ち着く、優しい味わいを⽬指していますが、Peaceのミッションの根底には⾖腐屋さんの技術と知識を未来に繋ぐことへの挑戦があります。失われつつある技術を職⼈の感覚だけでなくその理由を理解し、知識として残すことで素晴らしい⾷⽂化を現代に合った形、未来に伝えられる形にしていきたいのです。この計画を知るとすぐに前職の仲間・保﨑淳が合流し、当時のお客様だったシマダ電気設備の嶋⽥社⻑が賛同してくれました。そして2023年、Peaceの製造所が埼⽟県の川⼝市に完成しました。

炊き上げた⾖の⾹りがふわっと⾹り、優しい⽢さが⼝に広がる。私達はその味わいをそのままに届けるために、街のお⾖腐屋さんの技法を⽤いて、⼤⾖と⽔のみで⾖乳を作っています。更に、私の前職である、清涼飲料⽔製造の知識と衛⽣管理を活かすことで、雑味がなく、滑らかな⼝当りに仕上げました。もちろん主役となる⼤⾖は国産品種を丁寧に栽培されている国内の農家さんから厳選し、消泡剤などの添加物も使⽤していません。

私達が本当に飲みたい、⼤切な⼈に飲んでもらいたい⾖乳を作ることを⼼がけています。

消えていく街の豆腐屋さん

少し⻑くなってしまいますが、なぜ私が⾖乳にこだわるのかをお伝えしたいと思います。

私は⼩さい頃、⿂屋さん、⼋百屋さんに⾖腐屋さんと、よく親からお使いを頼まれました。季節ごとに並んでいる種類が変わる⿂屋さんや⼋百屋さんは⼦供ながらに⾯⽩く、いつも炊き上げた⾖の⾹りがふわっと⾹る⾖腐屋さんはお使いにいく楽しみの⼀つ。⼣⽅になり、ご飯、味噌汁、煮物とそして⾖腐が⾷卓に並ぶと、お⼿伝いをしたんだよ、と少し誇らしく、家族でそれを囲む⼤好きな時間でした。現代を⽣きる私達は⽇々、⽣活や仕事に追われて、つい⾃分らしいペースを⾒失ってしまいがちですがこのような豊かな気持ちは忘れずにいたいものです。

ある⽇、⼦供を連れて地元を散歩している時に、昔からあった⾖腐屋さんが閉店しているのに気づきました。悲しい気持ちでしばらく歩くともう1件。⾖腐が好きな私だけでなく、離乳⾷から⾖腐屋さんの味を知るわが⼦達はちょっとうるさく、「これはどこの⾖腐屋さん」と味で判断するほどです。このままでは彼らの未来の⾷卓から⾖腐という⾷⽂化が失われてしまうと思うと、いても⽴ってもいられませんでした。

統計によれば、20年前には14,000店ほどあった⾖腐屋さんは毎年400-500店ほど廃業し続け、今では全国で5000店程度にまで減っているというのです。(1960年代には50,000店以上もありました・・・。)そこで実際に何件かの⾖腐屋さんにお話を伺ってみると、後継者問題、⼤⼿との競合、原価⾼と様々な要因がある中、私達の⽣活そのものの変化も⾖腐屋さんの現実と乖離しているように感じられました。

慌ただしい朝にちゃんと和⾷はなかなか難しい、お昼にお⾖腐を持っていけない、⾖腐屋さんの多くは私達の帰宅時には閉まっている・・・。味わい深く、タンパク質も豊富で、脂質やコレステロールが少ないお⾖腐は、味だけでなく体のことを考えても⾷⽣活に取り⼊れたい⾷品ですが、⼿に⼊りやすいものは味気なく、時に健康的なのか疑問が浮かぶようなものも・・・。それでは⾷品として⼿に取られる機会が減っていってしまうのも当然。併せて、私達⾃⾝も時間に追われるなかで、美味しいものを探したり、家族に安⼼して⾷べてほしいという気持ちが薄れてしまっているのではないでしょうか。

たくさん並べてしまえば誰が作ったかもわからなってしまうオフホワイトの塊、⾖腐。しかしその⼀丁を作る⾖腐屋さんには私達が忘れかけている⼤切なコミュニケーションが詰まっています。1粒の種を繋いでいく農家さんの想い、冷たく重い⽔作業を淡々とこなし、優しい味わいの⾖腐を作る⾖腐屋さんの想い、そして⾃分の、家族のために⾜を運びそれを買い求める⼈達の想い。様々な想いが重なって、⾏き交う事で⽣まれる⼤切なことを現してくれている場の⼀つだと思います。

時代や⽣活様式が変わり、昔と同じままというのは難しいのかもしれません。しかし、現代のライフスタイルにフィットする形で、⾖腐屋さんのあの優しい味わいを思い出す⾖乳を造ることで、⾖腐屋さんの技術、味わいが再評価され、⼤切な⾷⽂化として残っていく。そう願って、Peaceを作りました。